F1実況中継のサッシャは「なんということか、セーフティーカーです!」と叫んだ。
53周目、下位チームのドライバー、ラティフィが壁に衝突。
F1年間チャンピオンが決まる最終レース。ハミルトン(メルセデスAMG)とフェルスタッペン(レッドブルホンダ)のどちらか勝利した方が年間チャンピオンとなるレースで、53周目までハミルトンが2位フェルスタッペンに対して12秒のリード。勝利は確実だった。
なぜサッシャが「セーフティーカー」と何度も叫んだのかというと、今年のシリーズで何度も波乱を演出してきたのがセーフティカーだったからだ。
首を横に振るハミルトン。残り6周。
それぞれの人がそれぞれに、さまざまなこれから起きるであろう波乱を予想する。
まず思い出されるのが6月のアゼルバイジャンGPスプリント。ハミルトンは2位を走行していたが、セーフティカーの間にタイヤを暖めるために、あるスイッチをオンにしていた。
そして、ハミルトンは再スタートで1位のペレス(レッドブルホンダ)を追い抜こうと猛ダッシュしたが、ターン1を曲がりきれずに突っ込み最下位に。
原因は例のスイッチがオンになっていたためだった(原因は消し忘れ、もしくは間違って触ってしまった)。
そんなことが起こるのがセーフティカー。
それだけではなく、どれだけ差が開いていても1列の長い列となるセーフティーカーは、せっかく築いた差を一気に縮めてしまう。
基本的に、ハミルトンが首を振ったのは、この件だ。このままでは、すぐ後ろにフェルスタッペンがやってくる。
さらに問題は続く。
トップにいるハミルトンは、もしピットインしてタイヤを交換すると、2位のフェルスタッペンがステイアウトといって、タイヤを交換せずにトップに立つことができる。
そして、残り周回数が少ないため、セーフティカーが出たまま終わってしまう可能性があったのだ。
それは許されるわけがないので、ハミルトンはチームの指示通りステイアウト。(フェルスタッペンがピットインしたのと同時にメルセデスはステイアウトの指示を出したようにもみえる)
一方、フェルスタッペンは新品のタイヤ(ソフトタイヤ)に履きかえた。
54周目。レースは58周で終わる。
タイヤを替えているころ、無線で今季一番長いピー音(放送禁止用語)がハミルトンから流れた。(なんと言ったかは不明)
F1において、このタイヤの差(フレッシュなタイヤとそうではないタイヤ)によるスピードの差はマシン性能よりも大事。もしセーフィティーカーが早めに終わってレース再開すると、ハミルトンは負ける可能性がある。
しかし、メルセデスには勝機があった。
これは、今もまだ解決されていない問題、メルセデスが上訴中の問題でもある。
ハミルトンとフェルスタッペンの間に、5台の周回遅れ(バックマーカー)がいたのだ。
たとえば残り1周あったとしても、5台が並ぶと大きな距離となり、たとえフェルスタッペンが優先(追い抜き許可)されるとしても、ハミルトンの前に出るのは難しい。
さらに、バーチャルセーフティカーといって、実際にクルマが先導するのではない状態になる可能性もあった。実際にレース中盤でバーチャルセーフティカーが出たとき、クラッシュ直後にメルセデスのトト・ウォルフはレースコントロールの責任者であるマイケル・マシに、「どうかセーフティカーは出さないくれよ。お願いだ」と無線を投げかけている。
もしバーチャルセーフティーカーだと、ギャップはそれほど縮まらない。
マイケル・マシは悩んだ挙げ句、56周目にセーフティカーを出動させることを決める。
さらにバックマーカーの追い越し(ハミルトンを抜いて列の後列に戻ること)を禁止した。
これは、まだコース場にデブリ(クラッシュの破片)が残っていたためだと思われる。
サッシャ「そうすると、フェルスタッペンは、ハミルトンまで5台抜かなくてはなりません」
フェルスタッペンは「(悪い意味で)典型的な判断…」、ピット「クラシック(頭が固い、旧い)」
57周、残り2周。
レッドブルホンダとマシのやりとりは「どうして抜かせないんだ」「ちょっと待ってくれ。事項をクリアにしたい」「1ラップあればいいんだよ」
そしてオーバーテイクの許可。
トトは無線でマシに「マイコー(マイケル)…」と呟く。カオスです。
レースは再開されようとしている。なんともいえない緊迫感のなか、メルセデスのトトはこう訴える。
Mike, This isn’t right.. マイケル、これは正しくないよ
レース再開。残り一周。コントロールラインを超えると追い抜きができる。
子どものころから、「人が追い抜きしないところで追い抜きしろ」と父親から教わっていたフェルスタッペンは、再開してまもなくのターン5でハミルトンのインを突き追い抜き成功。
そして、今までレッドブルホンダを見守っていた人々にとっての長い時間が始まった。
いつもの1周なんてあっという間なのに。
そこで、「ノーマイキーノーマイキーディスイズントライト!!」と叫んだのはトト。
マシは「これがレースだよトト」と無情のアンサー。
負けたハミルトンは「レースは操作されていた」とコメントした。
かくして、ホンダ30年振りの勝利。
フェルスタッペンは「オーマイガッ! イエス!」と咆哮。
メルセデスはFIAに抗議。内容は二つあり、ひとつはセーフティーカーがいなくなったあと、ハミルトンが自由にスピードを調整してレースを誘導するのだが、急なブレーキでフェルスタッペンが少し前に出たことに対するもの。
二つ目は、バックマーカーが追い抜きをしてからもう一周して隊列を整えてからスタートなのに、すぐに再開したこと。もしそうしていれば、セーフティーカーのままハミルトンが優勝していたからだ。
いずれも却下され、メルセデスは上訴中だ。
まあ、こういったレースの本質と違うところで決着が着くのは、当然ながらシーズン中に何度もあった。
それぞれが痛い目をみているので、今回のことだけではない。
ただ、立場が逆であればレッドブルも抗議しているはずで、納得がいかないかもしれない。
この話はまだまだ続きそう(来年度のレギュレーション変更もありうる)だけど、ホンダは最後の年に有終の美。
日本の多くのF1ファンを泣かせたことは間違いない。
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