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2001年のトライアンフ 倒産から再生、そしてモダンクラシックモデルの誕生


一度、完全に終わったブランドがある。
名前だけが残り、歴史だけが語られるはずだったメーカー、トライアンフ。

それがいま、ネオクラシック、モダンクラシックというひとつのジャンルを牽引し、
世界中で存在感を取り戻している。

なぜトライアンフは、ここまで自然に“今の空気”にフィットできたのか。

その理由をたどると、
2001年、あの「ボンネビル」に行き着く。


■ 失われたブランドが、なぜ今これほど魅力的なのか

Triumph Motorcycles は一度、完全に終わっている。

1970年代、日本メーカーの台頭によって競争力を失い、1983年にその歴史を閉じた。性能でも品質でも太刀打ちできなかった時代、トライアンフは“過去のブランド”になったはずだった。

当時の英国車に対する評価は、決してロマンだけではなかった。オイル漏れや電装トラブルは“味”として語られる一方で、日常的に乗るには覚悟が必要な存在でもあった。

倒産当時のモデル トライアンフT140(※生成AI)

ただ、その火は完全には消えなかった。

すべての起点になったのは、ジョン・ブロア(ブルーア)という実業家だ。

1980年代、トライアンフは完全に倒産し、工場もラインも消えていた。
残っていたのは、名前と、かつての栄光だけ。ブロアは、その“名前”を買った。

だが彼は、いきなり過去をなぞるようなバイクは作らなかった。むしろ最初の10年は、その逆をやる。

最新の設計、合理的な生産、信頼性。当時の日本車と真正面から戦えるメーカーを、ゼロから作り直す。「トライアンフらしさ」を語る前に、“現代のメーカーとして成立すること”を優先した。

当時のヒンクレー工場では、過去の再現ではなく「どうすれば壊れないか」という議論が繰り返されていたと言われる。伝統を背負いながらも、やっていることは極めて現実的だった。

その間、クラシックなトライアンフを引き継いだのは、ハリス・ボンネビルと呼ばれるモデル。旧来のボンネビルをベースにしたライセンス生産車で、技術的には新しいものではない。それでも、このバイクは重要だった。完全に途切れかけたトライアンフという名前を、かろうじて現代につなぎ止めたからだ。

1985年、デヴォンにあったハリス・インターナショナルが生産し、T140をモデルにしていた。そして、1988年に生産終了。この“細い糸”がなければ、後の復活はなかったかもしれない。

ハリス・ボンネビル

そして、ついに1990年、準備の整ったヒンクレーで新生トライアンフが動き出す。ここで彼らが選んだのは、過去の延長ではなく、まったく新しい出発だった。

象徴となったのは
Triumph Trident 900。

水冷直列3気筒エンジン、モジュール設計、安定した品質。そこにあったのは、かつての英国車の姿ではなく、日本メーカーが築いてきた合理的な工業製品としてのバイクだった。川崎重工業などの思想を吸収し、“壊れないトライアンフ”を作ることにすべてを注いだ。

ここで重要なのは、あえてクラシックをやらなかったことだ。まだブランドに余裕はなく、まずは現代メーカーとして生き残る必要があった。トライデントやトロフィーといったモデルは、そのための土台だった。※発表されたモデルはトライデント(750cc/900cc Triple)、トロフィー(900cc Triple/1200cc Four)、デイトナ(750cc Triple/1000cc Four)の6車種

イラスト化したトライデント900
もしトライデント900が復活したら….

90年代の半ば、少しだけ変化が現れる。
Triumph Thunderbird 900 は、スポークホイールや丸みのあるタンクなど、どこか懐かしい要素を持ちながらも、中身は水冷3気筒のモダンバイクだった。これは完成されたクラシックではない。ただ、トライアンフが初めて自分たちの過去に手を伸ばした瞬間ではあった。「現在の技術で、クラシックを復活させるとどうなるか」という実験のようなもの。

サンダーバード900

この頃から、社内でも「過去をどう扱うか」という議論が現実味を帯び始めていたと言われる。ただしそれは懐古ではなく、あくまで“商品として成立させるにはどうするか”という視点だった。クラシックなデザインが今の時代に受け入れられるのかどうか。この時代の人々はまだそれを知らない。

そして、幸運が重なり、社内の意見は「過去に触れる」ということでまとまった。そして、ついに2001年、トライアンフボンネビル復活。単なる復刻で終わらせない。永久的な支持を得るためのモデル。「見た目は記憶の中のボンネビル。中身は完全に現代のブリティッシュツイン」それが目的だ。

ボンネビルは、1960年代に名手エドワード・ターナーによって作られたT120ボンネビルを復刻させたものでもある。空冷バーチカル、スチール製ダブルクレードルフレームという共通点を持つ。開発当初はキャブレター(のちにインジェクションに)で、2016年に水冷270度クランクとして現在に繋がるボンネビルに生まれ変わるまで、正真正銘のブリティッシュモダンクラシックだった。水冷モデルが主流になった今では、空冷ボンネビルという発想はやはり貴重だった。

開発段階では、どこまで“古く見せるか”が繰り返し検討された。古すぎれば日常から遠ざかり、新しすぎれば意味がない。その境界線を探る作業でもあった。結局は、クラシックの風味はかなり強いものになったと言える。性能はどうだろうか。

並列2気筒360度クランクのエンジンに、振動を緩やかにするための最新バランサー、最大トルクを低回転で発生させ、発進時の気持ちよさ、街乗りでのトルクフルな動きは、当時主流だった高回転型のスポーツに比べて、まったく違う乗り味を生んでいた。

そうして誕生したボンネビルの最初の印象は、決して派手ではなかった。「遅い」「地味」という声もあった一方で、ショップや一部の雑誌では別の評価が生まれていく。「これで十分」「むしろこれがいい」という感覚だ。速さではなく、乗っている時間そのものに価値を感じる層が、静かに反応し始めた。当時のインプレッションでも、「飛ばさなくても気持ちいい」「速度域に関係なく楽しい」といった言葉が目立つ。これは、それまでの評価軸とは少し違うものだった。

実際に走らせると、その理由はすぐにわかる。

360度クランクの並列2気筒は、ドコドコとした一定のリズムで回り続ける。振動はあるがバランサーのおかげで不快ではなく、むしろ“鼓動”として残されている。アクセルを開けても急激に加速するわけではないが、低回転からじわりとトルクが立ち上がり、気負わずに前へ進んでいく。

速く走るために神経を使うバイクではない。景色の中に溶け込みながら、長く付き合うためのバイク。そういう設計になっている。

何より、最新の技術で、クラシックなデザインのバイクに乗れるという体験。クラシックは我慢して乗るものではなく、付き合っていけるものへ。この静かな価値観の転換が、後にネオクラシックというジャンルを形づくったのだった。

復活したボンネビルは、カワサキのW650やW800に似たテイストを感じることができる。360度クランクはあくまで実直で、性能を求めたものではなく、だからこそ貴重な味わい。トライアンフは勇気ある進化として水冷270度クランク化したが、そのエンジン性能と、クラシックだけではないデザイン・塗装の高品質化で、今もブリティッシュツインへの購買意欲を刺激し続けている。そして、空冷ボンネビルもまた、故障と戦いつつ、愛すべきヴィンテージへとなりつつあるのだ。

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