昨日、6月末日の夜9時30分から12時にかけて、ジェットコースターのような感情のアップダウンがフォーミュラ1にて発生した。
もっとも大きく揺さぶられたのは、間違いなくレッドブル・ホンダのファンである。
まず、レッドブルのホームであるオーストリアGPにいたるまでのレッドブルの立ち位置は、3位だ。
1位はメルセデス、フェラーリで、今シーズンはメルセデスのどちらか一方が毎回優勝している。フェラーリもレッドブルも、まったく歯が立たない。
唯一、モナコGPでレッドブルのフェルスタッペンが1位のハミルトンをつつき続けたのがチャンスではあったが、基本的には3位以内にメルセデスの二人が入り、残り1枠をフェラーリとレッドブルが分け合うというかたち。前回はフェラーリのベッテルが1位でフィニッシュしたのに、レース中の妨害行為のために2位となってしまった。
総合力ではフェラーリがレッドブルより高く、ここ数戦で速さを増している。メルセデスのハミルトンは、オーストラリアGP前になって、「フェラーリにストレートで叶わない」と発言しだした。
そしてついに、今まで愚痴をこぼさなかったフェルスタッペンは、いつもメルセデスとフェラーリの後ろでは嫌だ。4位は嫌だと、少しだけネガティブなことを言い出していた。
つまりはホンダエンジンに対する不満だが、ホンダファンはこういう状況を「またか…」と捉えたはずだ。2015年の復帰以来、こういう不満をマクラーレンホンダのドライバーであったアロンソから、毎回聞かされてきたからだ。
今シーズンからレッドブルと組み、フェルスタッペンからはポジティブな言葉ばかり聞いていた(開幕戦3位の好成績)だけに、「ついに来たか」となったのだ。
実際、レースを重ねるたびにメルセデスとフェラーリを抜ける感覚は持てず、後ろからはマクラーレンが迫ってきた。
それでフェルスタッペンは、「毎年4位は嫌だ」と発言したのだ。
そういった状況の中で予選は始まった。オーストリアGPは短いコースで、1ストップというタイヤ戦略がとられる。減りの少ないミディアムとハードで戦うのだ。そのためには、Q3、Q2、Q1と三つある予選のQ2で、ミディアムタイアを使わなくてはならない。ソフトタイヤが一番早いのだが、減りも早い。
だが、フェラーリはQ2でそのソフトタイアを使い、最終的にQ3でルクレールが1位となった。
レッドブルのフェルスタッペンとメルセデス勢はミディアムを使ったのでタイムは伸びなかったが、本戦ではミディアムタイヤを使うことができる。フェラーリはソフトタイアスタートなので、ハードタイヤを長く使わなくてはならず、下手をすると2ストップになる。
本戦のグリッド順は、最初のロウ(列)でルクレール、隣にフェルスタッペン、その後ろの列にメルセデス2台となった。
抜いたり抜かれたりは上位勢は少ないので、フェルスタッペンは表彰台を狙える位置にいる。レッドブルのホームで、去年は幸運が重なり優勝しているし、母国オランダからファンも大挙押し寄せている。
予選でのマシンにも手応えがあったようで、ポジティブなコメントも出ていた。
ホンダファンにとっても、期待の一戦。それが、ヨーロッパなので9時30分からスタートするのだ…。
スタートしてすぐに、レッドブルホンダファンは奈落の底に突き落とされた。
フェルスタッペンがスタートでミスをし、7位にまで下がったのだ。後ろには同僚のガスリー。
オランダのファンもひたすらがっくり…。もう表彰台が無理なことは、経験上わかっている。誰も予想しなかった彼のスタートミス…。
そうして、失意のオーストリアGPは始まった。
ルクレールはソフトタイヤのため、スタートから2位と3位のメルセデス勢を引き離していく。フェラーリのベッテルは予選Q3にトラブルで参加できなかったため9位スタートだったが、今はフェルスタッペンの前にいる…。
ホンダファンはフェルスタッペンと同じ年で才能あふれるルクレールの快進撃を複雑な思いで眺め、レースは進んでいく。
フェルスタッペンは前を走るマクラーレンのノリスやアルファロメオのライコネンを早々にかわし、ベッテルの後ろにつく。
ベッテルはタイヤ交換に失敗しタイムロス。ルクレールやメルセデスのボッタスもタイヤ交換し、トップにはメルセデスのハミルトン、2位にフェルスタッペンとなった。彼ら二人は、ミディアムタイヤで長く走り、ハードタイヤを使う時間を減らそうとしている。
現在、チャンピオンに一番近い位置にいるメルセデスのハミルトンは、予選からある場所でいつもはみ出して、フロントウィングを傷つけている。本戦でもそれはかわらず、タイヤ交換(30周目)にあわせてウィングを取り替えた。完全なタイムロス。1位となったフェルスタッペンもタイヤ交換の時期が来てピットストップ(31周目)したが、戻ってみるとベッテルの後ろ、4位だった。ハミルトンはその後方にいたのだ。
7位に落ちた彼フェルスタッペンが4位になったので、ファンとしては満足。いつも3位か4位だし、これ以上はフェラーリとメルセデスだから、たぶん勝てない。そんなことを思ったファンがほとんどだったはずだ。だから、前にいたフェラーリのベッテルをフェルスタッペンがかわしたとき(50周目)は、とりあえず最高の見せ場となった。
日本のファンから思わず出るガッツポーズ。たぶん、みんな大喜びだった。
このままレースを追われれば、3位表彰台。最高だ…。
ルクレールとボッタスの間も空いていたし、ボッタスとフェルスタッペンの差も大きい。だが、ハードタイヤが他のドライバーよりも新しい彼は、少しずつファステストラップをたたき出しはじめた。
追いつけるはずがなかったボッタスとの距離はどんどん縮まり、もう目の前にいる。メルセデスに追いつくなんて、今までのレースを知る限り、予想できないことだ(モナコは抜けないサーキットで、ハミルトンのタイヤに問題があった)。
そのときに入った、2度目の奈落。
無線でフェルスタッペンが、「パワーが無くなった」と言い出したのだ。
「終わった」と誰もが思った。夢に見た表彰台が一気に消える。エンジンが止まるのだ。きっと。マクラーレン時代にはよくあった。今回もプッシュしていたし、やっぱり駄目だったか…。
と思った瞬間、突然フェルスタッペンがボッタスを抜いた(56周目)。
チームからの対処法を受けてなのか、それともメルセデスを油断させる罠だったのか。わからないが、チームが指示したとおりにフェルスタッペンはボタンを押し、チームからは「これで最後にプッシュする力も残せる」という言葉も出た。
(※センサーが壊れたため、パワーユニットを守る機能が働いたため。フェイル3というディフォルト設定に戻し復帰した。ボッタスを抜いたあとはパフォーマンスを上げるモード11にした)
2位になった。抜いて2位なんて、今シーズンのレッドブルホンダには本当に夢のよう。去年は棚からぼた餅優勝だから、今回のようなガチ勝負の連続ではない。モナコで2位チェッカーになったのは、ピットでボッタスに体当たりしながら抜いたからだ。少し悪童だ。
残りはあと20周。ルクレールとの差は大きい。
ファンはもう安心して、2位表彰台を狙っていた。とりあえず、メルセデスの優勝を防げるだけでも凄い。楽しかった。今日のレースは楽しかった…。
と、椅子に座ってファンは飲み物でも飲んでいただろう。
しかし、ラップタイムに何か異変がある。フェルスタッペンのほうがルクレールより毎ラップいいのだ。まさか…。
残り数周のところで、ついにフェルスタッペンはルクレールに追いついた。そうだ。フェラーリはソフトタイヤスタートだった。ハードタイヤ、使いすぎだ…。
そして、フェルスタッペンは接触しながらもルクレールを抜いた。
たぶん、みんな、頭の中が真っ白。
優勝だなんて…。
抜かれたルクレールはコースから押し出されたかたちになったので、フェルスタッペンとの握手はなし。目も合わせず後味は悪かった。審議対象でもあったので、ルクレールが1位になる可能性もあったが、無事フェルスタッペンの優勝が確定した。
それにしても、2015年開幕戦の落胆から、長い長い道のりだった。
おめでとうレッドブルホンダ。見守り続けたファンも偉い!
落ち着いて振り返っても、ホンダエンジンがメルセデスとフェラーリのエンジンを抜くというのは、まだ信じがたい。もし今後のレースで同じことがまた起こるなら、最近のF1を観ていないファンの人は、すぐに戻ってきたほうがいい。