
この写真、Appleの見せ方に似てますよね。
ですがこれ、フェラーリ初のフルEV「ルーチェ」の写真。
なんと、ルーチェのデザインには、元Appleの最高デザイン責任者、ジョニー・アイブが参加していたのです。

iMac、iPod、iPhoneを生み出した人が、フェラーリをデザインした
ジョニー・アイブといえば、Appleのデザインを長く支えてきた人物です。
カラフルな初代iMac、白いiPod、アルミのMacBook、そしてiPhone。スペック表を読む前に、まず触ってみたくなる。机に置いてあるだけで少し気分がよくなる。そんなApple製品の空気をつくっていたのが、アイブでした。
私自身、昔のApple製品にはかなり惹かれていました。Macを使っていること自体がちょっと嬉しかった時代があって、それは便利だからというだけではなく、形や素材や、スイッチを押したときの感触まで含めて好きだったからです。
そのアイブが、マーク・ニューソンと設立したデザイン集団「LoveFrom」として、フェラーリ・ルーチェの開発に関わっていました。
しかも、ただ室内の画面を少し整えました、という話ではありません。フェラーリによれば、LoveFromはおよそ5年にわたり、素材、人間工学、インターフェース、そして車全体の体験にまで関わってきたそうです。
そう聞くと、ルーチェのあの姿が急にわかりやすく見えてきます。

だから、普通のフェラーリEVではなかったのか
ルーチェが発表されたとき、海外ではかなり厳しい反応も出ました。
「フェラーリに見えない」「Apple Carみたいだ」という声もあり、たしかに従来のフェラーリを期待すると、かなり違和感があります。
低く鋭いスーパーカーというより、ガラスとアルミでつくられた大きなプロダクトのような印象。黒いルーフからフロントフードに流れる処理も、薄いライトも、ドアまわりの面のつくり方も、どこか“クルマの伝統”より“新しい道具の形”を優先しているように見えます。
でも、アイブが関わっていたと知ると、これを単に「フェラーリらしくない」で片づけるのは少しもったいない気もしてきます。
フェラーリのEVだから、ガソリン車の形をそのままなぞるのではなく、電気で走る新しいフェラーリの姿を最初から考え直した。おそらく、そういうクルマなのでしょう。
好き嫌いが分かれるのは、むしろ当然です。iMacもiPhoneも、登場したときはそれまでの道具の形をかなり変えてしまったものですから。

室内を見ると、もっとアイブらしい
外観以上に「ああ、これはジョニー・アイブだな」と思うのは、室内かもしれません。
ルーチェのインテリアは、最近のEVによくある「巨大な画面を一枚置いて全部そこで操作してください」というつくりではありません。
もちろんディスプレイはあります。ただ、それと同時に、ステアリングのスイッチ、センターコンソールのトグル、ロータリー式の操作部、丸いメーターやエアベントなど、手で触れて操作する部分がきちんと残されています。
アイブはTop Gearのインタビューで、大きなタッチスクリーンだけに頼る車内について、実用面でも機能面でもうまくいかない、とかなりはっきり語っています。
これは少し意外でした。
iPhoneを生み出した人だから、クルマの中も全部タッチパネルにしてしまいそうに思う。でも実際には逆で、運転中に使う道具だからこそ、触った感触や、どこに何があるかがわかる操作系を大切にした。
そこがいいんですよね。
ルーチェのステアリングは、1950〜60年代のフェラーリに使われたナルディ製3本スポークを思わせる形をしていて、アルミの骨格があえて見えるようになっています。ステアリングのスイッチはF1マインのレイアウトを導入。メーターも丸型を基本にしながら、中身は有機EL。昔のフェラーリをただ懐古的に再現するのではなく、新しい技術で組み直し、アナログな計器類を表現。

Apple製品もそうでした。全部を未来っぽくするのではなく、人が手に持つもの、指で触れるものとして、どう気持ちよく使えるかを考えていた。キーはまさに触れるもの。優れた耐久性のあるガラスに、Eインクを使用したディスプレイが採用されているみたいです。

センターにあるコントロールパネルは、なんと可動式。ボールソケット形のジョイントがあり、アームレストもあります。

画面の端に、本物の“時計”まで仕込んでいる
ルーチェの室内で、もうひとつ気になるのが、中央ディスプレイの右上に組み込まれた小さな丸型メーターです。
一見すると、画面の中に表示された時計のようにも見えます。でもこれは、単なるデジタル表示ではありません。機械式の針を備えた「マルチグラフ」と呼ばれる装備で、独立した3個のモーターが3本の針をそれぞれ動かします。

針はアルマイト処理されたアルミニウム製。文字盤の表面には、コーニング製の「フュージョン5」ガラスが使われています。
表示できるのは、時計だけではありません。クロノグラフ、コンパス、そしてローンチコントロールの表示にも切り替えられ、モードが変わるときには、高級腕時計の針が動くようなアニメーションまで用意されています。
このあたりは、ジョニー・アイブが関わったクルマだと聞くと、妙に納得できます。機能だけならもっと簡単にできる。でも、実際にそこに物があり、針が動き、光がガラスに反射する。その体験まで含めてデザインするという考え方です。
フェラーリにとっても、時計のような精密さや、機械を眺める楽しさは、エンジンがなくなっても手放したくないものだったのかもしれません。
ガラスのシフトセレクターも、ただ綺麗なだけではない
センターコンソールに置かれたシフトセレクターも、ルーチェらしい部分です。
ここにもマルチグラフと同じコーニング・フュージョン5ガラスが使われています。見た目には、黒くつるりとした非常にシンプルな操作パネル。でも、その表面はかなり手の込んだ工程で作られているそうです。

フェラーリが求める精度でグラフィックを仕上げるため、ガラスにはレーザーで、人間の髪の毛の半分ほどの幅しかない微小な穴を開け、そこへインクを入れていく。これによって、表面に印刷しただけでは出せない、均一で精密な仕上がりを実現しています。
しかもこのガラスは、綺麗なだけではなく、一般的なガラスより表面の耐久性が高く、衝撃や傷にも強い。シフトセレクターだけでなく、コントロールパネルやセンターコンソールの表面にも採用されています。
こういう話を知ると、ルーチェの室内が少し違って見えてきます。
最初は「昔のフェラーリを思わせる、ちょっとレトロな内装だな」と思っていました。でも実際には、懐かしい形をそのまま再現したのではなく、ガラスやモーターやディスプレイといった最新の技術で、触りたくなる機械をもう一度つくろうとしている。
巨大なモニターを一枚置いて終わり、というEVとは、たしかに方向が違います。
ルーチェの外観については、今でも好みが分かれると思います。僕自身、最初から一目惚れしたわけではありません。
でも室内を見ると、ちょっと話が変わってきます。
このクルマ、写真で眺めるより、実際に座って、スイッチを触って、針が動くところを見てみたい。そう思わせる時点で、やっぱりアイブの仕事はずるいなと思います。
フェラーリであり、少しだけ“実現しなかったApple Car”でもある
Appleは長年、自動車開発を進めていると言われながら、結局その計画を世に出すことはありませんでした。
だからこそ、ルーチェのインテリアを見て「これがApple Carだったのかもしれない」と感じる海外メディアがあるのもわかります。
もちろん、ルーチェはAppleのクルマではありません。フェラーリがつくった、フェラーリのEVです。
ただ、Appleの製品が好きだった人にとっては、ちょっと特別な見方ができるクルマでもあります。
かつて、MacやiPodやiPhoneを見て「これは触ってみたい」と思わせた人が、今度はフェラーリをデザインしている。
そう考えると、最初は少し違和感のあったルーチェの外観も、だんだん興味深く見えてきます。すぐに“かっこいい”と言い切れるかは別として、見れば見るほど理由を知りたくなるデザインです。
そして、そうやって気になってしまう時点で、もしかするとジョニー・アイブのデザインに、もう一度やられているのかもしれません。

フェラーリ初のEV「ルーチェ」。きっと速い。
で、まずスペックを見れば、ちゃんと呆れるほどフェラーリです。
4つのモーターで最高出力は1035ps。0-100km/h加速は2.5秒、最高速度は310km/h超。122kWhのバッテリーを積み、航続距離はWLTP値で約530km。価格は55万ユーロからとなっています。

海外メディアの反応が全部否定的かというと、そうでもありません。
実車を見たInsideEVsの記者は、写真より実物のほうがよく、特に室内について高く評価しています。Top Gearも、ルーチェをかなり思い切った一台として好意的に扱っています。
フェラーリのベネデット・ヴィーニャCEOは、ルーチェを見た顧客からは強い関心が寄せられており、すでに購入に向けた入金もあると話しています。
まあ、考えてみれば、55万ユーロのフェラーリを買う人たちは、ネットで大勢が「嫌い」と言っていることを、それほど気にしないのかもしれません。
ジョナサン・アイブが関わっているなら、内装とギミックで買え、となります。
ルーチェが本当にフェラーリの新しい光になるのか。それとも、フェラーリが少し遠くへ行きすぎた一台になるのか。
少なくとも、ここまで好き嫌いを言いたくなるクルマが出てきたこと自体は、ちょっと楽しいニュースだと思います。
